日本企業のグローバル化における財務業務の高度化

迷宮に入り込む財務コラム

著者:吉田 英樹(アドバイザリー)

日本の財務業務は欧米に比べて断然アナログの世界である。外向けのサービスにはITの最新技術を導入するものの、社内の管理業務は過去に構築したカスタマイズ満載の自社環境(オンプレミス)を使い続けているのが実情だ。日進月歩で新たなIT技術が登場しているものの、そのような自社環境ではなんら対応できず、便利な機能を横目で見ながらエクセル等のスプレッドシートと格闘している。これでは財務業務の高度化は望めない。

具体的に財務業務の高度化とは、全世界共通のプラットフォーム(TMS)上でグループ全体の資金/資産を一元管理するものであり、マルチタスク、マルチカレンシー、マルチバンクの仕組みが必須となる。グループ全体の資金量をリアルタイムで把握し、銀行口座別の資金繰りを予測することから始まり、為替エクスポージャーのヘッジやカレンシー/カントリーリスクの分析、ネッティングやインハウスバンクなどの金融コストの削減、ガバナンスやコンプライアンス対策など守備範囲が広い。

TMSは健康診断に例えると、個社、全社の人間ドックを行い、正しい現状把握と将来予測、健康体を維持するための指針を決める重要な機能と言える。血圧が高ければ塩分を控える、場合によっては薬を飲むことと同じで、財務業務における課題の把握と、その対策による効果をリアルタイムに確認できる。

これがTMSであり、EUではすでに成熟市場となっており北米はまさに成長市場となっている。対して日本では、黎明期を脱したレベルで、先にも書いたが財務業務の高度化は欧米に比べて圧倒的に遅れたままである。携帯電話と同じく我が国民が大の得意とするガラパゴス化をここでも行っているわけだ。

携帯電話は通話と簡単なメールはできるが、スマートフォンは通話とメールに加えて新たなサービスの恩恵を提供している。通話をするという目的は同じであるが、情報伝達という広義において比較をすると、圧倒的にスマートフォンの方が便利である。それが故に今は携帯電話が駆逐されているわけだ。

また旅行に置き換えて、ある観光地に行く際の手段として、徒歩と電車で行く場合を比較してみる。もちろん徒歩でしか味わえない体験はあるが、観光地が近ければという話しである。長距離を延々徒歩で行くのは苦行と言えるだろう。目的となる観光地が晴天という情報を得て、徒歩と電車でスタートしてみよう。電車は現地に早く着くため、遅れて到着する徒歩よりも晴天である可能性が高い、一方で徒歩はようやっと到着したら荒天、ということにもなりかねない。目的地が遠くて状況があいまいかつ、ボラティリティが高いほど、少しでも早く到着できる手段を選択する必要がある。財務業務の場合はそもそもの目的地(目標)が不明確になりがちで、多くの人が彷徨ってしまう結果となっている。

目標設定と到達手段が勝敗を大きく分けることになるため、こと経営判断の根幹と言える資金/資産戦略においては、いち早く最新の手段を活用すべきである。我が国は我慢強いことを美徳とする文化があるため、高度化しなくてもマンパワーを使ってマニュアルで済ませてしまう。

また、先進的な仕組みを作り出すことが得意であり、一度使い始めると長く使う傾向が高い。そのため、カスタマイズしたERPシステムや、ガラパゴス化した携帯電話など、当初は先進的で圧倒的に便利な仕組みであったが故に、時を経て陳腐化しても使い続ける。当然足りない機能が生じても、切り替えずにマニュアルで対応をし続けてしまう。マニュアルが介在するからには、必ずヒューマンエラーが発生し、実はそこにセキュリティホールを生じさせてしまう。

現在、ビジネスEメール詐欺(BEC)という会社の余剰資金を狙った多額の詐欺が頻発している。実際の被害も報告されており、件数と被害額は右肩上がりである。オレオレ詐欺と同様に会社役員など人をターゲットにした詐欺行為であり、その手口も非常に高度なため、社内ルールやガバナンスだけでは防ぐことは不可能と言える。

CFOを始めとする財務部門の各位には、便利さを我慢し、自らコストカッターとしての財務の責務を順守し律する姿勢が、実は経営のミスジャッジや詐欺による多額の損失を招いてしまうことに早く気づいて頂きたい。そして、我が国の財務業務の高度化を図り、経営に資する矛(攻め)と盾(守り)を携えて将来への曖昧や矛盾と戦って頂きたい。

※本記事は、東証ペンクラブ2020年会報「Pen」に掲載されたものを抜粋/加筆しております。

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