著者:大田 研一(アドバイザリー)
コンベンションは効率的な情報収集の場
筆者はコロナ禍で最近でこそ出かけていませんが、毎年秋に開催される米国の財務プロフェッショナル協会(AFP: Association for Financial Professionals)のコンベンションに参加しておりました。このコンベンションには6000人以上のメンバーが一堂に集まり、事業法人、金融機関、システムベンダー、コンサルタントが集結するものです。これほど効率的に最近の動向を知る機会はありません。売り手側は今後のビジネスに結び付く潜在顧客を見つけ、買い手側(例えば、TMSの導入を考えている企業)はどこからサービスの購入をすべきかを検討するにあたり、導入を考えているベンダー候補や、すでに導入している企業に話を直接聞き、短期間に情報を入手して比較できる最適な場になります。
トレジャリーマネジメントは運転資本管理に重点
コンベンションのテーマは毎回異なりますが、その中ではキャッシュマネジメントに特化していたトレジャリーマネジメントが、運転資本(WC)管理やキャッシュコンバージョンサイクル(CCC)に拡大していることに注目しています。資金の過不足は想定していた資金繰りから外れて想定外のイベントが発生した結果として起こるので、その原因に遡って管理しなければいけないというものです。その管理の中心になる回収と支払に対する考え方が変わってきていると感じています。
昔からの財務の仕事は、『回収は早く支払は遅く』という言葉に表れています。日本ではきちんと支払のスケジュール(月末締め翌月末払い)が確定して資金繰りの予想が狂わないのですが、筆者が駐在当時の米国ではインボイス日付から30日後払いという条件でしかも小切手でしたから支払のフォローに追われていました。取引先の代理店は支払の遅れている理由を考える天才たちでした。
しかし、取引先に大企業が厳しい条件を押し付けると金融危機時に破綻して、取るに足らない部品と思っていたら他には誰も製造しない部品だということが分かり、取引先をサポートすることが必要だと実感します(マルチソーシングが重要な理由です)。実際に、米国自動車メーカーのGMが、それで生産がストップしたことがあります。利益共同体として必要なサポートを考えて出てきたのがサプライチェーンファイナンス(SCF)です。サプライチェーンファイナンスは運転資本の柔軟な管理手法として財務にとって重要なものとなり、TMSのモジュールの一つです。
サプライチェーンファイナンスは金融危機から生まれてきた
サプライチェーンファイナンスは売掛金と買掛金の両面で発生します。金融機関との間で予め設定した条件で事前承認を受けた客先への売掛金を割引いてもらうのは売掛金のサプライチェーンフィナンスの一例です。しかし、客先に対する金融機関の評価が厳しくなると条件が悪くなり、最悪割引が受けられない場合もあります。つまりは、客先の信用評価に銀行の評価を活用できるわけです。社内の営業の評価にも活用できる情報と言えます。自社の売掛金の現在価値を考える良い指標です。景気が悪化する状況での与信を決める場合に割引コストを頭に入れて金額や支払条件を細かく決めていく管理が可能になります。売掛金の証券化と同じように見えますが、包括的にファイナンスするのではなく個別の信用によりファイナンスするものです。ユーロ危機の折には金融機関と事業法人をシステムでつないで自動化することまで行われた小売業のケースもあります。日本ではファクタリングと言われ、借入金利に比べ一般的に割引金利が高いなどと受け取られ普及しないのですが、海外の大企業が日本の子会社の保有する売掛金を現金化して本社への決済を早めて為替リスクを減らしているのを見ると、日本企業も子会社に長いユーザンスを与えて本社が為替リスクを取るという考え方を切り替えなくてはいけないと思います。現在は、為替は円安に動いているのですが、反転する場合にはやはり大きな損失になります。リスクマネジメントは想定外のことが起こらない仕組みを作ることではないかと思います。
大企業は下請け企業の資金繰りも含む全体最適な購買システムを考えるべき?
自動車産業が典型ですが、多数の部品を組み合わせて製造するため、一つでも部品が揃わないと製造できなくなるという問題が出てきます。現在の半導体の部品も最先端のものではなくあまり利益の出ない部品は製造中止になったり、これまで製造していた会社が破綻して代替調達先が見つからない場合が出てくるなど、ありとあらゆるところに使われる半導体の場合は影響が大きいです。
筆者の前職での笑い話のような経験をご紹介しておきます。米国駐在の折に、ATTの分割により注文が急増した電話機製造に必要なアナログ半導体の部品調達が出来ず、仕掛中の電話機の中で部品がなく完成品ではないマークとして爪楊枝を使ったことなどを思い出します。安く調達するのが購買の役割ではあるのですが、半導体不足により調達できないと会社の経営まで脅かす事態になるという別の事業リスクが出てくるということです(現在、サプライチェーンの混乱で起きていることはまさに同様の問題です)。こうした事態に、購入者の大企業が取引先の信用力(つまりは資金調達力)を考えて、買掛金を割引いて早くに支払うダイナミックディスカウントというサプライチェーンファイナンスを導入しています。いずれは支払わなければいけない債務を早く支払うことでお互いにメリットの出る割引率で早く支払う購買プログラムです。キリバのTMSのモジュールの中にも入っていますが、日本では難しくとも(本当はゼロ金利で手元資金の運用に困っている日本企業には最適な運用ということに気づけないのが残念ですが)、海外の子会社(特に米国)で利用することを検討してみてはいかがでしょうか。日本の財務マネジメントに慣れると、海外のように環境の変化に機敏に対応しなければいけない運転資本管理はなかなか理解できないかもしれませんが、常に全体最適を考えていく責任が大企業の財務部門にはあると思います。