著者:吉田 英樹(アドバイザリー)
経済産業省のデジタルトランスフォーメーションに向けた研究会が2018年9月7日に中間取りまとめとして発表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」をきっかけに、”2025年の崖”や”DX(デジタルトランスフォーメーション)”というワードを耳にした方は多いと思います。私もセミナーや講演で呪文の如くこのワードを多用しておりますが、そもそも何が問題なのかを正しく理解されている方は案外少ないようです。発表された資料には「既存システムが、事業部門ごとに構築されて、全社横断的なデータ活用ができなかったり、過剰なカスタマイズがなされているなどにより、複雑化・ブラックボックス化(原文通り)」というシステム面の課題と、経営者がDXを望んでも、システムと業務両面の現状把握が困難であり、変革に際しては現場サイドの抵抗があるという運用面の課題が、実に明確に記載されていますが、これは決して他人事ではありません。私も仕事柄、CFOや財務部長の方々とお話しをする機会が多いのですが、皆様からまったく同じことを伺いますし、加えてHQである日本の現状が海外の子会社や地域統括会社から完全に乗り遅れているというお悩みも多数頂きます。
この発表によると、IT技術における自然の流れである軽薄短小(アジャイル)の対極にいる重厚長大(レガシー)に頼ってきた日本企業の分岐点を2025年と示しており、移行が遅れる場合には2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が生じると指摘しています。この経済損失が生じる仕組みを自動車で例えてみますと、レガシーを使い続けることは、欲しいオプションを積んだカスタムメイドで昔はピカピカだった高級車を、今もメンテナンスしながら、時には専用の部品を調達して動かし続けているようなことになります。いわゆるクラシックカーを最前線で使用しているわけですから、最新鋭の自動車よりも当然燃費が悪いですしいろいろな面で性能も劣ります。オマケに故障修理や車検などにお金と時間もかかります。ボディーやエンジンは年々劣化しますし、必要な部品もサポートが切れてゆきます。一方で、これまで乗り慣れた信頼感や安心感はプライスレスですし愛着も加わって心理的スイッチングコスト(切り替えへの不安)はどんどん膨らんでゆきます。そして、このような状況で2025年に部品がなくなり、故障修理もしなくなり、安全保障もしませんのでご自身でどうぞ(カスタマースペシフィックメンテナンス)ということですから、これまでのようにクラシックカーを運転しつづける、つまりレガシーシステムを使用し続けるわけにはいかないのです(クラシックカーと違って愛着も湧かないでしょう)。これが現実に起こるのです。2025年はERPでマーケットリーダーであるドイツSAP社のR/3やERP6.0(ECC6.0)といった過去のバージョンのサポートが終了します。SAP社としてもSimpleな第四世代と、ハッソ会長による新しいテーブル構成(HAsso’s New Architecture)という意味のHANAを合わせたS/4HANAを2015年にリリースして以来ERP6.0 ON HANAといったバージョンを提供するなど移行を促す試みを進めましたが、市場の認知と認識が遅れたことからサポート終了を2015年から2020年に延長し、さらに2025年に延長するに至りました。そして2027年と再延長が発表されましたが対象はECC6.0のEHP6以上が適用されていることという条件が付与されています。この条件に当てはまらない日本の企業はかなり多いとされていますので、SAP社や関連するシステムベンダーなどにご確認することをおススメします。
そして、レガシーシステムからのリプレースで忘れてはいけないのは、銀行の基幹システムとの再接続が必要なことです。社内にも銀行側にもレガシーシステムを構築した当時を知る方は少なく、そもそもどの銀行とどういった契約なのか、どういう接続方式なのかといった現状把握から、入出金明細の取得だけなのか、送金もするのかといった業務フローや仕様の確認など、これまでやったことのない業務に直面することになります。このような銀行接続に関する業務全般は銀行口座の選定などの資本政策にも影響するためDX検討の初期段階から専門チームを招聘し検討すべき重要な議題になります。