著者:大田 研一(アドバイザリー)
流動性リスク
財務部門の方が『財務リスクの中で会社の生死を決める最も重要なリスクは何ですか』と聞かれたら恐らく『流動性リスク』と答えるのではないでしょうか。半世紀以上にわたり財務業務を実務家の立場で経験した筆者も、何年かに一度は金融危機に近い状況に直面しています。毎回違う形で現れるので確信は持てないものの、肌感覚で嫌な感じを持つことはあります。筆者の経験では、やはりリーマンショックが記憶に残る体験です。2007年のパリバショックが起きてその前兆としての意見を聞きたくなり、年末に格付け機関の友人に当時幹事を務めていた勉強会での講演をお願いして、潜在的リスクの大きさを確信できたので、翌年2月に監査役から執行役員になった時に秋に予定していたリファイナンスを前倒しで行いリスクを避けることができました。
このようにリスク感度をもって仮説を作り検証するためには、自分なりに金融知識と経験を積み重ねると同時に、仮説を検証するためのネットワークを築くことが重要だと思います。相手の方は、立場上はっきりした意見を出せないにしても、そこから読み取れる情報はメディアだけでは判断できないものです。
そうは言っても、そんな人材は当社にはいないと言われることが多くあります。そして、当社はリスクに備えて十分な現預金を積み上げていますので大丈夫です、と自信をもって言われます。前エーザイのCFOだった柳良平氏によれば、海外の投資家が日本企業の企業価値を計算する際に保有している現預金を50%で計算すると、過去のコミュニケーションの経験から述べています。
つまり、現預金の保有が過剰で企業価値増加に貢献していないと言われている訳です。また、筆者の持論として平時は問題ないとして緊急時には何の通貨で、どこの国に保有しているのかということが財務の立場では重要になります。今回のウクライナ侵攻によりロシアでのビジネスで利益を上げてきた企業はやはり資金を回収しようと思っていても難しくなるでしょう。将来、中国に何かあったら人民元の保有リスクは大きくなります。
市場から消える米ドル
一方で、財務の実務家として何度も経験してきたことは、”米ドルが消える“という金融環境です。信用不安や信用収縮が起きると、リスクマネーが一気に引き上げられて流動性が不足します。その場合には、やはりドルの調達コストが跳ね上がり、調達が難しくなります。日本企業の現金保有は基本的に円で保有することですが、国内だけの事業なら問題ないにしても、グローバルに展開している企業でも為替リスクを恐れて円での保有とするのはやはり問題と思います(必要なら為替ヘッジすれば良いことです)。手元金保有は支払いと危機対応が目的ですが、海外ビジネスを展開していて何か問題が起きてきた場合に円だけの保有で本当に対応できるのかということです。
海外の子会社がドル資金を必要とする時に本当に対応できるのかということを考えたらやはり相当の金額はドルで保有すべきだったと思います。これまで財務の実務家の方には何人もの方にお話ししてきましたが、実際に実行に移した方は本当に少数です。グローバル企業としてリスクマネジメントの目的で保有するので、投資家には業績評価から外して考えると説明すれば納得できると思います。随分前になりますが、米国の財務プロフェッショナル協会のグローバルカンファレンスに出席した時に、マイクロソフト社のVP Financeの方の話では、当時ドルが通貨として弱いときに手元保有をすべてドルで保有することは正しいのかという問題意識を持っていました(イーロン・マスクのようにテスラの保有金を仮想通貨でというのは極端で賛成できませんが)。
日本企業こそ、上記の問題意識を持っていただきたいと思い、このコラムを書いてみました。ドルが消える金融危機が再度起きないことを祈ります。